2012年3月28日水曜日

Kさんの話し┃【第51弾お届け】大船渡+陸前高田

   【第51弾】は、3月7日一般社団法人プロジェクトNext様の後方支援を努めさせて頂きました。今回、ビタミン計画のお野菜は、大船渡市盛町陸前高田市広田町へ。配給に行かれた同団体のKさんに、現地の様子についてお話を伺いました。

【大船渡市盛町】
   盛小学校の敷地内にある仮設住宅。こちらでは、ご老人を対象に配布されたそうです。上り下りがきつい高台にあるため、高齢者にとって、自力での買い物はほぼ不可能。時にタクシーを使って買い出しに行かれる方もいるようですが、年金生活ではタクシー代も大きな負担です。多くの方は、配給や親戚などからの援助を頼りに生活されています。
   同仮設の集会所。ご老人が絵を描いているところです。孤立化を防ぐうえでも、集会所が大事な役割を果たしているようです。 (今回のお野菜は、岩手県石神の丘様にご協力頂きました。明細などはこちらをご覧下さい)


【Kさんの話し】
   今回の震災では、大船渡在住のKさんも多大な被害を被りました。後5分も遅ければ、自分も流されていたと仰います。津波は、中心部を流れる盛川をさかのぼり、内陸深く権現堂橋にまで到達しました。路面や橋の安全確認の為に45号線が封鎖され、交通が一般道に集中。沢山の方が渋滞にはまって、逃げ遅れたそうです。
   被災地には、Kさんのように、自らが被災されながらボランティア活動をされる方が沢山いらっしゃいます。当方が、「私が同じ立場だったら、自分のことで精一杯で、Kさんのような行動がとれたか分からない」と伝えると、一言一言噛み締めるようにして、その思いを話して下さいました。
「自分は、流される人達を見てしまったからね……あの人達は、どういう風に思いながら、流されたんだろうって考えたら、助かった人達だけでも頑張んなきゃって……」
   当地では、このお話を伺った数日前に、車ごと海に飛び込んで自らの命を絶った方がいます。津波で家も勤め先も流されて、残ったのは借金だけ。身内を亡くした苦しみは、一年たっても深かまるばかり。被災地の皆さんは、様々な不安に心が押しつぶされそうになりながら、日々の暮らしを繋いでいます。

   しかし、寄付金やボランティア人員など、被災地への支援は、月日と共に減少傾向にあります。
「瓦礫が片付いたから、大丈夫だなんて、現実はそう甘くないっすよ。こっちに来てみて下さい。困ってる人だらけですから」
   Kさんの言葉が重く心にのしかかります。


【陸前高田市広田町】
   広田町根岬地区で自宅避難されている皆さんです。町がある広田半島は、津波で左右の湾がつながってしまい、一時完全に孤立しました。Facebookに頂いた打越先生のご報告によると、震災直後はライフラインが全て断たれ、電気は1ヶ月、水道は3ヶ月も使えなかったそうです。
   広田湾です。港の荷捌き場は、震災の傷跡も生々しく、骨組みが剥き出しのままですが、名物のわかめが水揚げされています。

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   本日も最後まで読んで下さり、有難う御座いました。被災地の皆さんに笑顔が戻るまで……まだまだ多くの方のお力が必要です。ご協力宜しくお願い致します。
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000【ビタミン計画】 発起人 飯塚めぐみ
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